投資を始めた頃は、お金の仕事は比較的シンプルです。
まだ使う予定のないお金を、時間をかけて育てていく。
毎月積み立てて、株価が下がっても慌てず、長期で持ち続ける。若いうちは、そんな考え方でもそれほど困らないかもしれません。
でも、退職が近づいてくると少し事情が変わります。
これまで「育てるお金」だった資産を、今度は実際に使い始めるからです。
そのとき私は、単純に株を減らせばいいとは思いません。
お金の仕事を、少しずつ組み替えていけばいい。
そんなふうに考えています。
3000万円のオルカンを、このまま持っていていい?
たとえば60歳の人が、金融資産を3000万円持っているとします。
そのほとんどを、全世界株式のインデックスファンドで運用している。
65歳で退職する予定だけれど、
「長期投資なんだから、このままでいいよね?」
と聞かれたら、私はまず、65歳からそのお金を使う予定があるのかを考えます。
年金だけで生活できるのであれば、その3000万円をすぐに取り崩す必要はないかもしれません。
一方、年金だけでは毎月10万円足りず、資産から補う予定なら話は少し変わります。
年間で120万円。
仮に3年分の生活費を現金として確保しておくなら、360万円です。
3年分が正解というわけではありません。1年分で安心できる人もいれば、もっと持っておきたい人もいるでしょう。
大切なのは、
「退職したら現金を何%持つべきか」ではなく、「近いうちに、いくら使う予定なのか」から考えることです。
現金には、現金の仕事がある
360万円を現金にすると、少しもったいなく感じるかもしれません。
株式ならもっと増えるかもしれないのに、現金では大きなリターンは期待できない。
「このお金、遊んでいるんじゃないか」
と思う人もいるでしょう。
でも、この360万円にはちゃんと仕事があります。
生活費です。
野球にたとえるなら、ベンチでさぼっているわけではありません。
出番に備えて、肩を温めている。
そんな状態です。
もし退職直後に株価が大きく下がっても、当面の生活費が現金で用意されていれば、そのために株式を慌てて売る必要はありません。
現金が生活費として働いている間、株式には回復を待つ時間を与えることができます。
現金に株式と同じリターンを求める必要はありません。
そもそも任せている仕事が違うからです。
退職後も、株式には仕事がある
だからといって、退職したら株式を全部売って現金にすればいい、とも思いません。
65歳から先の人生は、まだ長く続くかもしれません。
その間には物価が上がることもあります。
現金だけを持っていれば、金額は減らなくても、買えるものは少しずつ減っていくかもしれません。
せっかく3000万円の資産を育ててきたのであれば、その一部には引き続き株式として働いてもらえばいい。
債券を組み合わせて、ポートフォリオ全体の値動きを少し抑えることもできます。
現金には、近いうちに使うお金としての仕事。
債券には、株式とは違う値動きや利息収入を通じて、全体を支える仕事。
株式には、長い時間をかけて資産を育て、インフレにも備える仕事。
資産は、すべて増やすために持つものではありません。
それぞれに違う仕事があっていいのです。
「30%下落」ではなく「900万円減る」と考えてみる
退職が近づいたら、もう一つやってみてもいいことがあります。
リスクを「%」だけではなく、「円」でも考えてみることです。
3000万円をすべて株式で運用していて、30%下落すれば、評価額は900万円減ります。
3000万円が2100万円になる。
「株式は長期では大きく値下がりすることもあります」
と言われるのと、
「あなたの資産が900万円減ることがあります」
と言われるのでは、感じ方が少し違うのではないでしょうか。
現役で働いている間なら、株価が下がっても毎月の給料から追加で投資することができます。
むしろ安く買えると考えることもできます。
でも年金生活に入ると、その入金力は小さくなります。
だから私は、退職が近づいたら、
「株式を何%まで持てるか」
だけではなく、
「この金額が減っても、いつも通り眠れるか」
と考えてみるのもいいと思います。
600万円減ったら不安で仕方がないのであれば、600万円減る可能性のあるポートフォリオを持つ必要はありません。
それは投資家として弱いということではなく、自分が市場から降りずにいられるようにリスクを調整しているだけです。
株を減らしたあとに上がったら
もちろん、株式を減らして現金や債券に振り分けた直後に、株価が大きく上がることもあります。
そのときは、
「あのまま全部株式にしておけばよかった」
と思うでしょう。
私だって、たぶん思います。
でも、それでいいのだと思います。
株価が下がると予想したから、株式を減らしたわけではありません。
使う日が近づいたお金の仕事を変えただけです。
その後に株価が上がったかどうかで、判断の良し悪しを決める必要はありません。
360万円の現金がほとんど増えず、その間に株式が30%上昇したとしても、現金が株式に「負けた」わけではありません。
期待していた仕事が違うからです。
60歳だから株を減らすのではない。
使う日が近づいたお金の仕事を変える。
私はそんなふうに考えています。
退職すると、資産運用の採点方法も変わる
資産形成をしている間は、残高が増えると嬉しいものです。
2000万円が2500万円になる。3000万円が3500万円になる。
数字が増えていくので、成果も分かりやすい。
でも、退職後まで同じ採点方法を続けなくてもいいと思います。
たとえば65歳で3000万円あった人が、資産を運用しながら取り崩し、80歳で2000万円になっていたとします。
数字だけを見れば、1000万円減っています。
でもその15年間、やりたいことをやり、お金の心配もそれほどせずに暮らせたのなら、私はそれを失敗とは思いません。
まず、
65歳までに3000万円を貯めた自分を、ほめてあげればいい。
そして、
そのお金を15年かけて、ちゃんと自分の人生に使った自分も、ほめてあげればいい。
資産運用は、残高をできるだけ多くして人生を終えるゲームではありません。
育てる時期がある。
守る時期がある。
そして、使う時期がある。
その時々で、お金の仕事を組み替えていけばいいのだと思います。
このテーマを、もう少し考える
まず、ポートフォリオ全体の役割を考える
→「50代になったら、『何を買うか』より先に考えたいこと」
債券に、どんな仕事をしてもらうのか
→「債券が、もう一度『ブレーキ』として使える時代になってきた」
貯めたお金を、使う段階へ移していく
→「5000万円貯めたあなたへ。そろそろ『使うこと』を考えてもいい」
