スマートフォンで証券口座を開けば、今の資産額がすぐに分かります。
昨日より20万円増えた。
今日は30万円減った。
朝に確認して、昼休みにもう一度見て、夜にもまた開く。
長期投資をしているのに、毎日口座を見るのはよくないのでしょうか。
私は、別にいいと思います。
一日数分、口座を開いて、
「今日は増えたな」
「今日は結構減ったな」
と一喜一憂するくらいなら、それも普通のことです。
私自身、仕事で毎日市場を見ています。結果として、自分の資産が今日はだいたい増えているのか減っているのかも分かります。
証券会社のアプリを開くこともあります。
問題は、口座を見ることそのものではありません。
証券口座を閉じたあとも、頭の中で相場を見続けていないか。
私は、そちらの方が気になります。
何のために口座を見ているのか
口座を確認することには、もちろん意味があります。
積立が予定どおりできているか。
入出金に問題はないか。
基本配分から大きくずれていないか。
リバランスが必要な状態になっていないか。
目的があって確認するのであれば、何も問題ありません。
でも、長期投資をしている人が、
「今日は増えたかな」
と毎日確認しても、日々の値動きに対してできることはそれほどありません。
今日30万円減ったからといって、明日の相場がどうなるかは分からない。
逆に50万円増えたからといって、明日も増えるとは限らない。
だから、見ること自体よりも、見たあとに自分が何をするのかの方が大切だと思います。
見ていると、何かしたくなる
人間は不思議なもので、相場を見続けていると、だんだん何かしたくなってきます。
株価が大きく下がった。
「いったん売った方がいいかな」
あるテーマが急騰している。
「少しくらい買っておいた方がいいかな」
自分が持っていない商品が好調だ。
「こっちに乗り換えた方がいいかな」
本当は、自分なりの資産配分を決めて、積立も設定していたはずです。
ところが毎日たくさんの情報に触れていると、自分で決めたルールよりも、今日目の前で起きていることの方が重要に見えてきます。
その結果、不必要な売買をしたり、旬のテーマ型ファンドを少しだけ買ってみたり、基本配分から外れた投資を始めたりする。
口座を見ることが悪いのではありません。
見ることで、自分のルールを壊し始めるなら要注意です。
一喜一憂くらいはしてもいい
とはいえ、
「長期投資家たるもの、日々の値動きに心を動かされてはいけない」
とまで考える必要もないと思います。
自分のお金です。
100万円増えれば嬉しいし、100万円減れば嫌な気分にもなります。
それでいいのではないでしょうか。
大切なのは、感情をなくすことではなく、感情がそのまま投資判断にならないようにすることです。
「嫌だなあ」と思いながら、何もしない。
「ずいぶん上がったな」と思いながら、何もしない。
基本配分から大きくずれたら、自分で決めたルールに従ってリバランスする。
感情が動くことと、ポートフォリオを動かすことは別です。
仕事のお金なら、もう少し冷静に扱える
私は仕事でも金融市場に関わっています。
仕事のお金を運用するときには、目的があります。
基本となる資産配分があり、それぞれの資産に期待する役割があり、運用するためのルールがあります。
相場が下がって怖くなったから全部売るとか、他の投資家が儲かっているから急に同じものを買うとか、そんな運用はしません。
ところが、自分のお金になると話は少し違います。
上がれば嬉しい。
下がれば嫌だ。
他の人が儲かっていれば、少し気になる。
もっと増やしたいとも思う。
金融市場に長く携わっていても、そこは普通の人間です。
私だってそうです。
個人の資産運用というのは、なかなかの煩悩の塊だと思います。
投資で向き合うのは、市場だけではない
もっと儲けたい。
損をしたくない。
あの人より増やしたい。
次に上がるものに乗り遅れたくない。
せっかく増えたお金を減らしたくない。
投資をしていると、いろいろな感情が出てきます。
金融商品の仕組みを勉強することはできます。
株式や債券について学ぶこともできます。
経済や金利について知識を増やすこともできます。
でも、それだけで自分の欲や恐怖がなくなるわけではありません。
むしろ、投資を長く続けるのであれば、こうした感情とどう付き合うかを知ることも、投資の勉強なのだと思います。
金融の本を読んでいたはずなのに
私自身、市場や商品のことだけでなく、人間の心理について調べることがあります。
行動ファイナンスだったり、もっと昔の老荘思想だったり、ギリシャ哲学だったり。
最初は投資について考えていたはずなのに、気がつくとずいぶん遠いところまで来たものです。
でも、考えてみれば不思議でもありません。
市場が明日どう動くかは、自分には決められない。
他の人がどれだけ儲けるかも決められない。
自分にできるのは、どれだけリスクを取るのかを決めること。
資産をどう配分するかを決めること。
そして、相場が動いたときに自分がどう振る舞うのかを決めることです。
投資理論は「市場をどう扱うか」を教えてくれる。
賢者の思想は「市場の中で自分をどう扱うか」を教えてくれる。
長期投資では、案外その両方が必要なのかもしれません。
口座を閉じたら、日常に戻る
毎日、証券口座を見てもいい。
上がったら少し喜ぶ。
下がったら少し嫌な気分になる。
それくらいなら、私は何も問題ないと思います。
でも、口座を閉じても相場のことが頭から離れない。
仕事をしていても気になる。
家族と食事をしていても株価を確認する。
寝る前にも相場を調べる。
そして、その不安や欲から、自分で決めた投資のルールまで変え始める。
そこまで来たら、一度相場から少し距離を取ってもいいかもしれません。
投資は、自分の人生を豊かにするためにやっているものです。
その投資に、自分の時間や注意力の大半を持っていかれる必要はありません。
証券口座を閉じたら、日常に戻る。
私は、それくらいの距離で投資を続けたいと思っています。
このテーマを、もう少し考える
相場が荒れても、ルールまで変えなくていい
→「暴落した日に、投資のルールを決めない」
すべての情報を、自分の問題にしなくてもいい
→「世界のすべてを、自分の問題にしなくていい」
投資の勉強にも、終わりがあっていい
→「投資の勉強は、いつまで続ければいいんだろう」
