投資を始めると、勉強することが増えていきます。
株式と債券の違い。投資信託の仕組み。金利と債券価格の関係。為替。金融政策。経済指標。企業業績。
少し分かるようになると、今度はもっと知りたくなります。
次に上がるのは何だろう。今の株価は高いのか。金利はどこまで上がるのか。円高になるのか、円安になるのか。
気がつけば、投資を始める前よりもずっと長い時間、投資のことを考えている。
投資について勉強することは大切だと思います。
ただ、私はときどき思います。
投資の勉強は、いつまで続ければいいんだろう。
勉強すれば、分かることはたくさんある
私は金融市場に長く携わってきました。
それでも、「投資の勉強なんて必要ない」とは思いません。
勉強すれば、分かるようになることはたくさんあります。
投資信託がどういう仕組みなのか。株式と債券では何が違うのか。金利が動くと、なぜ債券価格が動くのか。金融政策とは何なのか。経済指標を市場参加者がなぜ気にしているのか。
自分が持っている商品が、どんな市場環境でどんな値動きをしやすいのかも、ある程度は理解できるようになります。
新聞を読んで、「なるほど、今はこういうことが起きているのか」と思える。
そこまで来るだけでも、投資との付き合い方はずいぶん変わると思います。
ただし、勉強して理解できることと、勉強すれば分かるようになるとは限らないことは、分けて考えた方がいいとも思っています。
分かることと、当てられることは違う
金融政策の仕組みを理解することと、次に金利がどこまで動くかを当てることは違います。
企業について詳しく調べることと、その会社の株価が来年いくらになるかを当てることも違います。
市場について勉強していけば、理解できることは増えていきます。
でも、それによって未来まで分かるようになるわけではありません。
むしろ長く市場を見ていると、分かるようになることと同じくらい、自分には分からないことがあると分かるようになります。
これは、勉強する前の「分からない」とは少し違います。
何も知らないから分からないのではなく、いろいろ考えてみても、最後には分からないものが残る。
相場とは、そういうものだと思っています。
自分のお金について、どこまで分かればいいのか
もし友人から、
「投資について、どこまで勉強すれば十分?」
と聞かれたら、私は難しい金融知識を並べることはしないと思います。
自分が何に投資しているのか。
そして、その資産やファンドにどんな役割を期待しているのか。
それが分かって、自分で納得して投資しているなら、とりあえずそれでいいんじゃない、と答えると思います。
株式には、資産を育てる仕事を期待しているのかもしれません。
債券には、ポートフォリオ全体の値動きを抑えながら収益を積み上げる仕事を期待しているのかもしれません。
現金には、近いうちに使うお金としての仕事や、相場が荒れたときに投資資産を慌てて売らなくても済むようにする仕事があります。
大切なのは、金融用語をたくさん知っていることよりも、
「なぜ、私はこれを持っているのか」
を自分の言葉で説明できることなのだと思います。
次のエヌビディアを探し続けなくてもいい
もちろん、投資そのものが好きな人もいます。
企業を調べるのが楽しい。決算書を読むのが好き。経済ニュースを見るのが趣味になっている。
それなら、好きなだけ勉強すればいいと思います。
趣味に使った時間を「無駄だった」と考える必要はありません。
一方で、資産形成のために投資を始めただけなのに、「もっと勉強しなければ」「次に上がる銘柄を見つけなければ」と思い続けているのなら、一度立ち止まってもいいのかもしれません。
次のエヌビディアを見つけたい。
次の大きな上昇には乗り遅れたくない。
今よりもっと効率よくお金を増やしたい。
そう考え始めると、投資の勉強には終わりがありません。
しかも、投資でうまくいったとき、それが自分の勉強の成果だったのか、市場環境に恵まれたのか、その二つをきれいに分けることは簡単ではありません。
だから私は、投資の勉強に使った時間まで含めて考えてみてもいいと思っています。
将来のお金を増やすために、今の時間をどれだけ使うのか。
そこにも、自分なりの配分があっていいはずです。
勉強したからこそ、勉強を終えてもいい
投資について勉強することのゴールは、未来を当てられるようになることではないのかもしれません。
自分が何に投資しているのかを理解する。
それぞれの資産に何を期待しているのかを決める。
未来は分からないということも知る。
それでも投資を続けられるように、自分なりの仕組みを作る。
そこまで来たら、一度、投資の勉強を終えてもいい。
もちろん、また分からないことが出てきたら、そのとき勉強すればいいのです。
毎日、相場のことを考え続ける必要はありません。
本を読んでもいい。旅行に行ってもいい。釣りをしてもいい。昼寝をしてもいい。
投資は、本来そういう時間を含めた人生のために、お金を育てる手段だったはずです。
投資に、人生を使いすぎない。
投資の勉強にも、いつかそんな区切りがあっていいのだと思います。
このテーマを、もう少し考える
すべての情報を、自分で背負わなくてもいい
→「世界のすべてを、自分の問題にしなくていい」
勉強を終えても、相場を見続けてしまうなら
→「証券口座を閉じたあとも、相場を見続けていませんか?」
もっと良い商品を探し続けなくてもいい
→「その投資信託、本当に乗り換える必要がありますか?」
