老後資金について考えるとき、「100歳までお金が持つか」をシミュレーションすることがあります。
65歳でいくらあるか。
年金はいくらもらえるか。
毎年いくら取り崩すか。
どのくらいの利回りで運用するか。
私も、こうした計算は大切だと思っています。
ただ、最近もう一つ気になることがあります。
そのシミュレーションの中にいる90歳の私は、なぜか今と同じように投資のことを考えられることになっています。
株式と債券の比率を確認して、相場が動けばリバランスする。必要なら商品を入れ替える。
でも、本当にそうでしょうか。
私はまだ、自分が80代、90代になる姿をうまく想像できません。というより、あまり想像したくないのかもしれません。
それでも、年を取るのは避けられません。
100歳まで資産が持つか。
それと同じくらい、
100歳まで、自分でその資産を管理し続けられるのか。
こちらも考えておいた方がいい気がしています。
老後を、ひとまとめにしない
65歳から100歳までを、私たちはまとめて「老後」と呼びます。
でも、35年もあります。
65歳の自分と85歳の自分では、同じ生活をしているとは限りません。
総務省の家計調査を見ても、高齢の無職世帯では、年齢が上がるにつれて消費支出が小さくなる傾向があります。
もちろん、医療や介護などへの備えは別に必要です。
ただ、旅行をしたり、遠くへ出かけたり、趣味を楽しんだりするお金まで、65歳と90歳でまったく同じとは限りません。
だとすれば、老後の取り崩しも35年間ずっと同じでなくていい。
元気なうちは、少し多めに人生へ戻す。
年齢とともに生活が変わってきたら、取り崩す額も変えていく。
私は、
相場に合わせて使う額を変えるより、人生の時間に合わせて取り崩す額を変える。
そんな考え方の方がしっくりきます。
相場に、生活まで合わせたくない
老後の資産運用には、相場が良いときには多めに取り崩し、悪いときには少なくする考え方があります。
理屈はよく分かります。
特に取り崩しを始めたばかりの時期に大きな下落が来ると、資産が減ったところからさらに生活費を取り崩すことになります。
だから、相場が悪いときに支出を抑えることには合理性があります。
でも私は、老後になってまで、
株価が上がったから、今年はたくさん使う。
株価が下がったから、今年は旅行をやめる。
という暮らしは、あまりしたくありません。
それでは退職した後まで、相場に生活を握られているような気がするからです。
だから、相場が悪くてもある程度安定して生活側へお金を移せるように、あらかじめ資産を配分しておく。
その一つが、現金です。
退職後の現金には、仕事がある
現役時代には、現金を持ちすぎると「もったいない」と感じることがあります。
でも、退職後は現金の役割が少し変わります。
近いうちに使うお金をあらかじめ現金として確保しておけば、相場が大きく下がったときに、生活費のために慌ててリスク資産を売る必要が減ります。
私なら高齢になったとき、生活費の3年分程度を現金で確保しておくことを一つの目安にしたいと思っています。
もちろん、3年分が誰にとっても正しいわけではありません。
現金を多く持てば、その分だけ運用によって得られたかもしれないリターンを手放すことになります。物価が上がれば、現金の実質的な価値も少しずつ目減りしていきます。
だから、現金は多ければ多いほど安心、という話でもありません。
それでも、現金には仕事があります。
退職後の現金の仕事は、相場に生活を振り回されないこと。
そう考えれば、現金も資産配分の一部です。
老いた自分に、難しい投資判断を残さない
もう一つ、元気なうちに考えておきたいことがあります。
将来の自分が、今と同じように投資について考えられるとは限らないということです。
加齢による認知機能の変化には大きな個人差があります。経験や知識が判断を助けることもあります。
90歳を過ぎても第一線で投資判断を続けていたウォーレン・バフェットのような人もいます。
もちろん、あれを自分の老後の標準モデルにするのは、少し無理がありそうですが。
だから、「高齢になれば投資判断ができなくなる」と単純に考える必要はありません。
一方で、今と同じ集中力や判断力で、90歳になっても複数の金融商品を管理し続けられると考えるのも、少し楽観的な気がします。
そもそも、その頃の自分が投資について考えたいと思っているかも分かりません。
だったら、元気なうちに少しずつ簡単にしておけばいい。
管理する商品を減らす。
資産配分を単純にする。
できるところは仕組みに任せる。
頻繁に売買や判断をしなくても、生活に必要なお金が入ってくる状態に近づけていく。
運用の効率をほんの少し上げることよりも、
老いた自分に、難しい投資判断を残さない。
私は、そちらの方を大切にしたいと思っています。
85歳になったら、もういいでしょう
では、私は何歳まで投資について考えていたいのか。
85歳の自分を想像してみました。
生活費の3年分くらいの現金がある。
年金に加えて、資産から月15万円程度を生活側へ移しても、100歳くらいまでお金の心配をしなくてよい見通しが立っている。
医療や介護など、予定どおりにいかないことへの余白もある。
もちろん、これは私の場合の一つのイメージです。
必要な生活費も、年金も、住まいも、残したいお金も、人によって違います。
でも、自分に必要なものが十分に準備できているなら。
もう、いいでしょう。
もっと増やすために商品を探さなくてもいい。
金利を予想しなくてもいい。
株価が上がった理由を毎日調べなくてもいい。
資産そのものは運用されていても構いません。
ただ、自分自身は、投資判断から卒業していい。
私は、それも資産運用の一つの成功だと思います。
今は仕事柄、毎日のように市場を見ています。
世界のどこかで起きた出来事を知り、株価や金利や為替がどう動いたのかを確認します。
でも、85歳になった自分まで、同じことをしていたいとは思いません。
目の前には何も起きていないのに、世界のどこかの暗いニュースをわざわざ探して、不安になる必要もないでしょう。
その頃には、もっと自分の目で見えるものを信じて暮らしていたい。
今日の天気だったり。
散歩の途中の景色だったり。
いつもの日常だったり。
そのために、今までお金を貯めて、運用してきたのだと思います。
老後の資産運用を考えるとき、私たちは「お金を何歳まで持たせるか」を考えます。
でも、もう一つ決めておいてもいいのかもしれません。
自分は、何歳まで投資について考えていたいのか。
元気なうちに、取り崩し方を決める。
資産の配分を決める。
そして、少しずつ考えなくてもいい形にしていく。
いつか投資について考えなくてもよくなるために、今、投資の仕組みを作っておく。
それくらいが、私にはちょうどいい気がしています。
投資に、人生を使いすぎない。
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